厳しさの効力

わたしは母がどうも苦手だった
ずっと同じ家に住んでいながら、どうにも苦手だった


わたしの周りでは、母は厳しいことで名が通っているし、
実際、多くの人から恐れられている
子どもの頃、わたしにとって母は脅威であり、絶対権力者だった


そんな母と、ここ1年のあいだ衝突が絶えなかった
ほとんど顔を合わせるたびにわたしたちは言わなくてもいいような言葉を投げつけ合っていた


その母の厳しさに感謝したことなど一度もなかったし、
実際、反面教師のように自分は絶対にこんな怒り方はしないようにしようと何度も思った


しかし、最近はじめて「これはもしかしてありがたかったのかも」と思う出来事があった


いま、アルバイトをしている某ホテルのレストランで
注意の仕方がちょっとトゲのある言い方の人がいる


最初のうちは気にもならなかったが、回を重ねるうちに「あれ…?」と思うようになった


なんだか心地よくない注意の仕方をされている気がする
でも、気のせいかもしれない。自分だけ何となくそう思っているだけかもしれない


そんな風に思っていた
しかし、バイト仲間との帰り道、突然「今日も怒られました…」と
悲しそうな顔で話し始めた人がいた


どうやらそのトゲのある人に怒られたことを気にしているらしい
心が折れそうとまで言っている


そのとき初めて「自分は得な性格をしているんだな、」と思った


むかし、「岸本さんは、ホラ、→(∵)→、こういうタイプだから」と言われたことがあった
人の話が右の耳から入って左へ抜けていく人間だと言いたいらしい


それもそうなのかもしれない


しかし、そのバイトのことを話すと「厳しく育てられてるからね」と言って笑う母を見て
厳しく育てられることの効力を感じた


他人に、ちょっとやそっと嫌みに怒られたくらいじゃ気にもならない
免疫力のようなものがついているらしい


最近、アルバイトをしていて「感がいい」「覚えが早い」とも言われる
しかし、別にわたしは器用な人間ではない


結局、怒られたくないだけなのだ
母の口癖は「バカとのろまは嫌いだよ」である


この母に怒られないためには、言われたことは一度で覚えることと
いま何をするべきかを全力で考えることが必須である


つまり、我が家の中で平穏に生き残っていくために必死で身に付けた
生存のためのスキルが、図らずも今になって外の世界で活き始めている


初めて母の厳しさに少しだけ、あくまで少しだけ、感謝した瞬間だった


しかし、母のように怒っていたのでは、
わたしみたいに親にほとんど自分の話をしない子ができて、自分が悲しい思いをするので
母のような怒り方ではないけど、他人からの𠮟咤に堪えられる免疫力を持つ子を育てるには
どんな方法がいいのか、目下考え中なのである