夏の訪れ

着ている服がべったりと体にまとわりつく

じんわりと吹き出た汗で肌がギラギラしている

雷鳴が轟きスコールのような雨がやってきて

去って行った

ああ 夏がやってきた



ガラス一枚隔てた涼しい部屋で

車輪のついたベッドに横たわり

父が寝ている

数日前までついていた無数の管が外れ

包帯を何重にも巻いた足を投げ出している



車椅子も松葉杖も上手く使いこなす父を見て

もう4度目になる入院生活だということが

ことばではなく実感として感じられた



あまりにも淡々としているため

もう不便なこともないのだろうと思っていると

父が髪を洗いたいと言い出した

母は父が車椅子に移動するのを手伝うと

勝手知ったる顔で洗面所へと付いていった



父は車椅子を洗面台に近づけると

すこし体をかがめ「ここまで」と言った

すると母がシャワーのノズルを引っぱりだし

父の頭を洗い始めた



大学生の頃、熟年離婚というドラマが放映されていて

我が家もいずれは、とわたしは本気で心配していた

その頃、確かに母は父の悪口ばかり言っていたし

父もまたそれにうんざりしている様子だった

たまたま、母の友人が我が家に遊びにきていた時にそのような話になり

お酒が入っていたこともあって、わたしは心中を吐露し

さめざめと泣き出した

母は電話かなにかで他の部屋へ行っていたようだが

戻ってくるとわたしが周りの大人に慰められて涙をふいているので

何が起きたのかと思ったらしい

会がお開きになったあとで、なぜ泣いていたのかと聞かれ

日頃感じていたことをぽつりぽつりと話しだすと

母は涙声になって「変な心配させてごめんね」と言った



その一年後、父と母はふたりで伊勢神宮へ旅行に行った



わたしはぐわんぐわんと鳴る乾燥機の音を背中に聞きながら

母が手際よく父の頭を洗うのを見ていた

そして、目の前のふたりが夫婦であることを感じていた



ガラス一枚隔てて熱気がわたしの体を包む

着ている服がべったりと体にまとわりつく

雷鳴が轟きスコールのような雨がやってきて

去って行った



ああ 夏がやってきた