霧の中の街 ーその4

フェリーのチケット売り場に並んでいると、ひとりの老婆が20HK$札を2枚持って何やら話しかけてきた。

分からないとジェスチャーで伝えると、今度は英語で話しかけてくる。

香港に帰りたいけど、お金がこれしかない。チケットを代わりに買ってくれないか?

わたしも現金は持ってないからカードで買うのだと話すと、それで一緒に買ってくれと言う。

この時点で、だいぶあやしいなとは思った。

しかし、香港に着いたらお金返してくれるかと尋ねると、返すと言う老婆。

それなら自分の分と一緒に買ってあげてもいいよと話すと、拝むようにして感謝をしていた。

2枚チケットを買い、1枚を老婆に渡す。

しかし、側を離れるのは危ない。

一緒にゲートまで行こうと誘い、家は香港なの?マカオには観光?と話しかける。

しかし、老婆のゲートまでの足取りはいやに重い。ゲート前まで来るとトイレに行きたいと言い出した。

どうぞと促し、トイレが見える位置にあるソファで待ってみる。

すると、しばらくしてトイレから出てきた老婆がチケット売り場の方へ歩いていくではないか。

ひとりの白人男性になにやら話しかけている。チケットを買わないかとでも言っているのであろう。

近づいていき、どうしたの?早くゲートに行かないと乗り遅れちゃうよ?と話しかけると、

途端に、あの人が30分後のチケットと交換してくれって言うから変えてあげようかと思ったんだけど…

とゴニョゴニョ言い出した。

そして、チケットを30分後に変えたいからこの舟には乗らないと言い出した。やっぱりか。

でもそれなら、わたしにはどうやってお金を返すつもりなの?と尋ねると、

このチケットはわたしのために買ってくれたんだと思っていたとすっとぼけたことを言う老婆。

違うよ、香港に着いたら返すってあなたが言ったから代わりに買ったんだよ。あげたわけじゃないよ。

と話すと、これ以上は無理だと思ったのか、平謝りに謝りだした。

とりあえずこのチケットを誰かに買ってもらってお金を返してもらおうと、チケット売り場まで行き、

現金で買える人に買ってもらうことで事無きを得たが、気分は最悪になっていた。

怒りももちろんあったが、それよりもなんだか虚しかった。

このままでは、自分の中のマカオの印象が最悪のまま終わってしまう。

この体験を笑い話で済ませるために、何かとびきり気分転換になるようなことをしよう。

それも何かちょっと贅沢なことがいい。

これまで安宿に連泊していた私は、最終日の夜を高級ホテルで過ごすことにした。



香港島に着いてからガイドで調べると、高級ホテルは本当に高級だった。

いくら気分転換とはいえ、ここまで値段が張ると気分は更に落ち込みそうだ。

程よく駅から離れていて、大通りに面していないホテル…

ここはどうだろう。尋ねることにしたのは、バタフライ オン ウェリントンというホテルだった。

フロントで値段を確認し、空きがあるか尋ねると、すぐに部屋を手配してくれた。

日本円にして一泊16000円。

国内でも一泊10000円以上のホテルには泊まったことがないが、今回は特別だ。

部屋は広々としていて、隅々まで手が行き届いていた。

宿泊客用にチョコレートが用意されてあり、棚にはエスプレッソマシーンなんかもある。

ベッドもふかふかだし、16000円がとっても安く思えてきた。

テンションが上がり、さっきの老婆とのことなど本当にどうでもよくなって、

彼女も大変なんだろうな、とすでに嫌な気分になったことも忘れかけているから私もずいぶん単純だ。

何よりも私が喜んだのは、きれいなタオルとドライヤーが部屋にあることだった。

この日の睡眠は、この上なく気持ちよかった。



最終日の3月6日は、二十四節気の「驚螫」。日本で言う、啓蟄の日にあたる。

私も馴染みがなかったが、啓蟄は冬籠りしていた虫たちが春の訪れを感じて地上に這い出してくる日のこと。

朝から香港最古の廟に行って、地元の人たちと一緒になって開門を待つ。

お参りを済ませ、飲茶樓で地元のおじいちゃんたちと相席しながら点心を食べる。

点心を蒸す温かい湯気が充満する店内で、思い思いの朝を過ごす老人たち。

昨晩の競馬の勝ち負けを報告する人があれば、自分の茶碗で入れ歯を洗う人もある。

まだ9時前にもかかわらず店内は満席だったが、観光客は私だけだった。

おじいちゃんたちは私が日本人だと分かると、そうかいそうかいと笑いかけてくれた。

そんな笑顔に送り出され、円卓を後にし空港へ向かう。



香港は、やわらかい霧雨と食べ物から立ちのぼる湯気で包まれていた。

すべての景色は、春めいた霧の中。

まるで夢の中の出来事のようだった。



沢木耕太郎が26歳のとき、長い旅の始めに踏んだ土地が、香港。

その土地を、あとひと月で26歳になる私が踏む。

はじめは、まったく同じ道をなぞろうと思っていた。

しかし、同じ道を通ったからといって、同じものが見えるわけではない。

沢木耕太郎が見た香港は、きっともうここには残っていない。

途中からは、脚の赴くままに任せることにした。

ましてや私は、このあと仕事のために日本へ帰らなくてはいけない。旅を続けられるわけではない。

同じ景色を見れるはずがないのだ。

それでも、世界を知りたいと思う。沢木が旅で感じた世界を、私も感じてみたい。

すれたバックパッカーにならずに、どこまで人の良さを信じたままでいられるか。

自分が無知なことも、世間知らずなことも分かっているけれど、いまの私の目でものを見たいと思う。

そこに住んでいる人のとなりに座って、同じ景色を眺められるか、試してみたい。

だから、ずっと旅を続けられるわけではないけれど、長い休みに入るたびに戻ってこよう。

一コマずつ、ロンドンまで進めてみよう。

これは、私なりのMidnight Local.

深夜特急ならぬ、各駅停車の旅なのだ。