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眠るアジア -その9

 ホーチミンも3日目になると、バスも使いこなせるようになり、屋台飯の注文にも慣れてきた。ホーチミンはよく雨が降った。だいたい夕方になると、突然スコールのような大雨が降り、途中降ったりやんだりしながら、2時間程降り続く。町の人たちは慣れたもので、降ってくるとすぐレインコートを着てそのままオートバイで走り続ける。慣れているから大丈夫なのかと思いきや、雨の中でオートバイごと転倒している人もよく見かけた。始めのうちは軒下から軒下へと子鼠のように雨をさけて走っていたわたしも、途中から諦めて濡れ鼠になって歩いて帰ってこともあった。

 その晩は、前日まで泊まっていたゲストハウスに洗濯物を取りに行った帰りで、ずぶ濡れになって戻り、屋台で温かいフォーを食べてから宿に帰ってきた。シャワーを浴びてロビーへ出ると、スタッフとスタニスラスがまたお酒を飲んでいる。このゲストハウスのロビーはとても狭く、談話できるスペースはここにしかないので、受付のスタッフと宿泊者たちは自然とおしゃべりする仲になっていた。今晩は、ベトナム人の女の子2人とスタニスラスに加え、ブラジル人とイエメン人の男性がおしゃべりをしていた。一番陽気で饒舌なブラジル人が、日本人はほとんどのアジアの国でビザが要らないのは本当かと聞くので、本当だと答えると、やっぱり日本は金持ちだから違うという。

「僕らブラジル人は、例えばヨーロッパに行くだろ。そうすると、ゲートでまず何しに来たんだって聞かれるんだ。観光だって答えると疑いの目を向けられて、銃を持ってないか、麻薬を持ってないかと聞かれる。3回は聞かれるんだから、参っちゃうよ。このまま住み着いちゃうんじゃないかって思われてるんだ」

 隣でイエメン人の彼も頷いている。

「あと、フランス人は特にそう思っている。フランス人には英語で聞いても無視されるし、自分たちが世界で一番だと思っている。実際そうだろ?」

 聞かれたスタニスラスは、僕個人はそう思っていないが、と前置きした上で、「そうだと思う」と答えた。ブラジル人の彼の口ぶりは明るく、すべて面白おかしく話していたが、言っていることは痛烈な批判だった。

 わたしは、タイ国境でのイミグレーションのことを思い出した。イスラム圏の男性が邪険に扱われたのは、きっとあれが初めてではなかっただろう。その後ろにいたわたしのパスポートがチェックされなかったことと、わたしが日本人であることは無関係だったのだろうか。いまとなってはそうは思えない。

 ブラジル人の彼は、日本人はどこへ行ったって歓迎されると言った。それはもちろん、お金を持っているからだ。

 わたしはその日の昼間のことも思い出した。突然降り出した雨をさけるため、たまたま飛び込んだ高級ホテルで、ロビーの真ん中で、このホテルで一番いい部屋をすぐに押さえるように、と部下を走らせた日本人男性を見た。まるでお金持ちの俺が泊まってやるんだとでも言いたげな背中で、一刻も早くここから飛び出したい気持ちになった。

 フランス人の他の民族に対する優越感。ヨーロッパの他地域に対する優越感。そして、日本人の東南アジア諸国に対する優越感。

 自分の中にも、なかったわけじゃない。その浅ましさに気づかされてしまった。

 

 その時、ゲストハウスの扉が開いてカップルが入ってきた。ブラジル人の彼は2人と挨拶を交わすと、ちょうど席を空けていたスタッフに代わってゲストハウスの使い方を説明し始めた。イギリス人カップルの男性は、説明を聞き終えるとお礼を言ってブラジル人に名前を聞いた。そして、その隣のイエメン人に聞き、その隣のわたしを飛ばして、スタニスラスに聞いた。

 ものすごくびっくりした。あのイギリス人には悪気はなかったのだと思う。初対面なのだから、個人的に嫌がらせをされるはずがないし、それを証拠にブラジル人の反対隣りにいたベトナムの女の子も名前を聞かれなかった。スタッフが戻ってきて、イギリス人カップルは上のフロアへと出て行った。

 それなりにショックだったが、イギリス人カップルの気持ちも分かる。わたしでさえ、同じアジアの人から流暢な英語で話しかけられると、こんなに話せるのかと驚くのだ。外見のイメージからアジア圏の人はきっと聞き取れていないから名前を聞かなくてもいいという判断に自然となるのも理解できる。これも無意識のうちに抱えている優越感の一つなのだろう。

 

 この旅をしている間、わたしは何度も「Your English is very good.」と言われた。しかし、そこには「日本人なのに」という枕詞が隠されている。それを感じる瞬間はたくさんあったし、実際に面と向かって言われたこともあった。ちなみに、わたしの英語は決してgoodではない。発音をそれっぽく言えるだけで、語彙は乏しいので、身振り手振りと笑顔で大半をカバーしている。

 世間一般の認知としては、日本人はお金は落としてくれても話し相手にはならないというのが正直なところだろう。わたしも暗黙の裡にその役割を容認していた気がするが、いまは、お金が落とせなかったとしても下手は下手なりに友達になりたい。

 どこへ行ったかという記録ではなく、誰と出会ったかという記憶を残したい。

 これまでに何度も聞かれた「どこから来たの」という質問に「日本です」の答えがもたらす印象について、今回初めて考えた。そして、もっと大きな「アジア人」という枠について初めて意識した。

 わたしたちが無意識の中に下している判断は、自分の中に眠っている無数の属性に紐づいている。わたしの知らないことが、この先の旅にまだまだありそうだと思わせる、ホーチミン4日目の夜だった。