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眠るアジア -その10

 ここまで、香港、ブルネイ、マレーシア、タイ、ラオスベトナムと回ってもちろん楽しかったのだが、いろんなことを考えて少し疲れてしまったので、最後は思い切りリラクゼーションに徹しようと決めた。台湾はいまや日本人が週末に訪れる人気観光地であるし、マッサージや小籠包の店などを巡ったら心も体も癒されること間違いない。

 人気スポットの九份へ行こうと思ったのだが、ここで天邪鬼な心が働き、結局、烏来(ウーライ)へ行くことに。烏来は、台湾の先住民族の一つ、タイヤル族が暮らしていた地域で、温泉街としても有名だ。地元の人に交じって足湯に浸かっていた時は癒されていたのだが、そのあと震災の爪痕が残るトロッコ駅舎や、日本統治時代の戦没者の石碑を見て、またいろいろ考えさせられてしまった。

 烏来のあとに三峡と鶯歌も行ってはみたが、ゲストハウスへ戻ってからも昼間に見た石碑のことが頭から離れない。泊まっていたのが知人に紹介された日本人宿で、この時ばかりはやたらとフレンドリーでにぎやかな欧米人バックパッカーがいてくれたらいいのになと思った。

 

 そうは言っても決してずっと塞ぎ込んでいたわけではなくて、最終日に自分や友人にお土産を買い集めていた時は、かなり気持ちがはしゃいでいた。大きな荷物を抱え、満足して空港行きのバスを待っていると背の高い女性に話しかけられた。

 短髪ですらっとして高身長の渡邉さんは、日本企業から単身で台湾支社に赴任してもう3年になるという。仕事を終えて空港の一つ先のバス停にある自宅まで帰るところだったそうだ。台湾は日本に似ていて過ごしやすいし楽しいですねと話すと、観光で来ている分にはそうでしょうね、と返ってきた。

 台湾人はのんびり屋で時間通りには来ないし、頼んだ仕事もやらないし、面倒くさがりだし、とにかく最初の一年は何度帰ろうと思ったか分からないという渡邉さんは、その後もとにかく台湾人のずぼらさをまくしたてた。

「でも、病気した時の優しさは沁みますよ」

 渡邉さんが胃腸炎になった時、友人は病院へ連れて行くと言って会社を早退し、会社の人も心配のあまり手料理をたくさん持ってわざわざ自宅まで見舞いに来たそうだ。日本でなら、友人の体調不良を理由に早退するなどまず考えられないが、台湾は仕事よりも家族や友人との時間を大切にする風潮があるので、それも許されてしまう。その他にも、月収が約6万円と少額なので働くモチベーションが上がらず、より高給な日本で働くことを希望している台湾人は多くいるのだということも、渡邉さんが教えてくれた。日本で働きたいという声は、ここ台湾以外でも多く聞いた。お金がすべてではないが、金銭的な余裕がなければ、心の余裕が失われるのも確かだ。

 台湾人の困ったところを話しながらも、渡邉さんは始終笑顔で、お金を貯めて台湾に家を建てるのだと言う。自分にはこれがあるというものを、ここ台湾で見つけたのだ。バスの中の1時間はあっという間だった。

 

 日本へ帰ってきてから、お世話になった人たちに日本へ着きましたとメッセージを送った。普段通りの生活に戻っている人もいれば、旅を続けている人も、新しい生活を始めた人もいた。わたしは、これからどうするんだろう。どうするか決めようと思って出発したのに、もっといろんな可能性を目の当たりにして、余計に分からなくなってしまった。でも、考えるヒントはたくさんもらったと思う。

 

 最近、街中でよく外国人を目にする。いきなり外国人の数が膨大に増えたわけでもないだろうから、わたしが意識するようになったということだろう。むしろ、いままでは全く目に入っていなかったということでもある。

 このアジア東端の国、日本には今年2000万人以上の外国人が訪れた。今後、2020年に向けてもっと多くの外国人旅行者がこの国を訪れるだろう。その時、たくさんの日本人が自分の中にある無意識の属性に気づくことになるかもしれない。

 わたしもまだ出会っていない無数の発見が、この広いアジアの中で眠っている。