霧の中の街 ーその1
リュックサックにTシャツ3枚、ズボン1枚、下着と靴下を入れて、成田を出国したのが3日の夜。
霧雨の降る海沿いの街に着いたのは、4日になったばかりの深夜だった。
財布の中には、日本円で3万円。4日間の滞在には充分な額だ。
空港内のコンビニで「オクトパス」と呼ばれる、日本でいうsuicaをクレジットで購入し、
近くにあった自動換金機でいくらか両替してチャージすると、
「把士(Bus)」と書かれたターミナルから、N21のバスに乗って市街地へ向かう。
目指すは格安ゲストハウスがひしめくビル、重慶大厦だ。
香港の街は、霧雨が降っていた。
深夜3時をまわっているというのに、街には人が多く行き交っている。
2階建てのナイトバスから眺める香港の街は、妖しさに溢れて魅惑的だった。
昼間は大勢の観光客や買い物客でごった返すという重慶大厦も、いまはひっそりとしていて、
中東人と思しき男たちが数人ずつ、階段やエレベーター前でたむろするのみだ。
薄暗いビルの中で見ると、正直、一緒にエレベーターへ乗って大丈夫だろうか、
と不安を抱くような異様さがあるのだが、向こうも私のような旅行客は相手にしない。
目当てのドラゴン=イン(龍匯賓館)には、昼間、日本から電話で
「深夜に着くから一部屋キープしておいてほしい」と話し、
電話口の女性からも「着いたら電話してくれれば入口を開けに行く」と言われていたのに、
何度電話しても営業時間外のアナウンスが流れるのみで、ノックしても反応がない。
街の中には24時間営業のマクドナルドもあるし、お金をかけずに朝を待つこともできたのだが、
とにかく重慶大厦に泊まってみたかったので、
いつでもチェックインができるという重慶招待所に行ってみることにした。
入口のソファで寝ていたおじさんは、一晩泊まりたいというと「350HK$だ」と言う。
ただのゲストハウスにしては高い。しかし何よりも寝たかったので、交渉せずに払うことにした。
しかし、まず香港ドルを持っていない。
明日の朝払うから待ってくれと話すと、日本円をいくらか置いておけという。
とりあえず逃げる気は無いとの意思表示に、2000円だけ渡して鍵を受け取った。
部屋はかなりお粗末なものだった。何も意外なことではなかったので驚きもしなかったが、
こんな宿にタオルが常備されているわけがないことを忘れていた。
群馬のホテル暮らしにすっかり慣れきっていたわたしは、タオルを持ってきていなかった。
何か間違ってありやしないかと見回すと、継ぎはぎしてあるタオルを見つけた。
これが宿で用意したものなのか、忘れ物なのかも定かではなかったが、そんなことは関係ない。
当たり前だがドライヤーも設置されていないので、その晩は顔だけ洗って寝ることにした。
寝っ転がったベッドでは、体のあちこちが痒くなったのは言うまでもない。
香港はじめての夜は、ベッドバグのいる床で更けていった。